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最高師範 渡邊 正樹 九段位

昭和32年(1957年)、札幌にて出生。
父方の大叔父に、海軍大将を務めた山本英輔、その叔父に第16代・第22代内閣総理大臣を務めた山本権兵衛がいる。

※左の国旗は、父・渡邊正春が出征時に叔父の山本英輔海軍大将から授与されたものであり、現在、当協会の道場旗である。「天佑神助 武運長久」としたためてある。

父親を亡くした5歳より古武道を習い、10歳より社団法人日本空手協会に入門。
中学高校時代は道場と部活の毎日を送る。

高校卒業後は、東京、沖縄などで約5年、アメリカで約1年ほど、空手と並行して、居合、合気、柔術、ボクシングなどの実戦格闘を研究する。


昭和57年(1982年)(25歳)、札幌に戻り、社団法人日本空手協会所属団体に指導員として入会。

2年後に、同団体の副理事長、競技部部長、白石道場指導部長、社団法人日本空手協会不来方道場師範を務めるのと同時に、札幌大学空手道部コーチを襲名し、さらに小樽敬天塾の指導と全日本総合格闘同志会最高師範、聖忍館空手道場代表となる。

昭和60年(1985年)(28歳)、全日本総合格闘空手道拳聖館連合会渡邊流を立ち上げ北海道空手道連盟に登録し、同年、社団法人日本空手協会を退会。

札幌大学ではその後もヘッドコーチを7年間務め、同大学空手部を道内一に育て上げ勇退する。
このころ、世界で只一人可能であるゴルフクラブ一指切りなどを全国各地での演武で行った。

平成5年(1993年)(36歳)、浅井哲彦師範の弟子としてIJKA國際日本武術空手浅井流の主席師範を、平成15年(2003年)まで務めた。

平成10年(1998年)8月18日、若干40歳で同流より九段位を授与される。



同流及び渡邊流の活動として、約12年間、世界50カ国以上で空手の指導と実戦研究をする。ヨーロッパでは、警察組織や部隊での指導も行った。日本人として浅井哲彦総裁を除いては唯一人、白鶴拳の当代より指南を受ける。




平成20年(2008年)、渡邊流を國際武術空手協会に改め、平成22年(2010年)2月17日、社団法人國際武術空手協会として社団法人化した。
空手団体の社団法人化としては道内初で、武術空手としては全国初の社団法人格の取得であった。

今後の活動としては、空手道の追求、空手道の日本社会及び國際社会への普及に更なる尽力をするとともに、日々の活動では弟子たちの育成に全精力を注ぐことである。


総帥 瓜生 定 八段位

全ブラジル代表ヨーロッパ総括











二代目総裁 曽我部 健臣 八段位

日本傳統空手連合會 会長











ヨーロッパ代表 ヨゼフ ゴバックス 8th

ハンガリーポリス カラテセクションボス

首席師範 米田 眞 八段位

松濤館流空手道 札幌空手道倶楽部 代表











修身師範 石井 明道 八段位

一般社団法人國際武術空手協会 常任理事
一般社団法人國際武術空手協会 北海道本部 北正舘 館長

1944年、北海道にて出生。
武術一筋に生き、旧IJKA札幌支部長を務め、第一回NPO松涛館世界大会で演武。
空手棒免許皆伝。國際師範号認可。





次席師範 本山 末光 七段位

一般社団法人國際武術空手協会 旭川中央本部
NPO法人日本松涛館空手連盟
本山会 代表









副首席師範 長谷川 航三 七段位

一般社団法人國際武術空手協会札幌本部  聖武舘
松涛館流空手道 札幌北斗空手道明倫館
代表









総本部上席師範 桃澤 茂 七段位

一般社団法人國際武術空手協会 副会長
一般社団法人國際武術空手協会 総本部上席師範

1961年、札幌にて出生。
北海高校空手道部より空手を始め、全北海道空手道大会にて準優勝をおさめる。
松涛館空手道一筋にパワー空手を極める。
國際師範号認可。




拳師指南 亀田 昭雄 七段位

元日本ウェルター級・
Jrウェルター級チャンピオン

拳師  渡嘉敷 勝男 七段位

WBA世界L,フライ級チャンピオン

全ブラジル師範 瓜生 龍鷹 六段位

ブラジルCBKS会長

総本部師範代 政木 拳心 六段位

昭和44年、北海道にて出生。5歳から空手を始める。数々の試合で優勝経験有り。平成5年、全日本総合格闘空手道拳聖館連合会渡邊流に入門。

拳闘指南 若田部 尋康 六段位

総本部指導部長 山内 朝夫 五段位

昭和55年(1980年)、札幌市にて出生。
小学校2年生の時、渡邊最高師範の弟子となる。以後、中・高・大学時代を通じて、最高師範より徹底的な指導を受ける。全道大会、全国大会での数々の優勝経歴及び演武経歴がある。大学時代より、特に武術空手の技術開発に尽力してきた。